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ジャズに乗って男女が即興で踊る「リンディホップ」。欧米で大ブームになった米国生まれのダンスが、日本に上陸した。「運動不足解消のため」「テレビの人気番組で興味を持ったから」など始めるきっかけは様々だが、基本的なステップ以外は男女が息を合わせてその場の思いつきで踊る自由度が魅力の一つ。各地にレッスン場や踊るためのライブハウスが登場し、ダンスパーティーなどのイベントも増えてきている。 「運動代わりにと思って始めた。最近では毎週来ている」と語るのは建設会社のエンジニア、佐々木哲男さん(37)。東京都世田谷区の公共施設で毎週日曜日の午後、40人程度が集まってリンディホップを練習している。ゴールデンウイークには米国からトップダンサー2人が来日、特別レッスンとダンスパーティーを開き、100人近い愛好家が生バンドの演奏で踊りを満喫した。 リンディホップは1920年代にニューヨーク・ハーレムのダンスホールで、草創期のスウィングジャズに合わせて黒人たちが即興で踊ったのが始まり。30年代に大流行した。27年のリンドバーグ(リンディ)の大西洋横断飛行(ホップ)にちなんで、名付けられたとされる。 いくつかの決まったステップ以外は男女がその場のアイデアで手を取り、対面、あるいは回り込んだり持ち上げるなどして一曲を踊り抜く。 最近ではカジュアル服のGAPが日本を含む世界各地向けのテレビCMにこの踊りを取り入れたり、日本でも放映中の米国人気番組「アリーmyラブ」やハリウッド映画で登場人物が踊るなど、メディアを通じて日本にもじわりと浸透してきた。海外企業の日本進出に伴い、来日した外国人社員が日本人の社員や友人に広めたという側面もある。 日本初のリンディホップ団体、東京スウィングダンスソサエティーの山田浩之・あずさ夫妻は「数回基本動作を学べばすぐに踊れるようになる」と解説する。山田夫妻はかつて競技ダンスで全日本や世界大会に出場した腕前だが、3年前にニューヨークで出合ったリンディホップに衝撃を受け、病みつきとなった。自宅マンションをスタジオに改造、リンディを広めるために同ソサエティーまで作ってしまった。 大阪や名古屋でもクラブが生まれ、金沢学院大には学内クラブも誕生した。今では新宿や銀座のライブハウスやバーなどで月数回は、バンド演奏で踊ることもでき、その輪は広がっている。 <踊りの本来の姿受け入れる動き>ジャズ評論家・瀬川昌久氏の話 ジャズと言うと鑑賞音楽のイメージが強いが、もともと踊るための音楽だった。一方でダンスも競技志向になってから技術ばかりを重視するから、ダンスと音楽が別物になってしまった。今若い人たちの間に、ジャズで踊りまくろうという動きが出てきているのは本来の姿に帰る喜ばしい現象と言える。 リンディホップは、戦後日本で流行したジルバや、マンボの基礎ともなったダンスだ。男と女が音楽に乗って踊りたい、という欲求は自然のもので、その基本とも言えるリンディホップが欧米をはじめ、日本でも受け入れられ始めたというのも当然の流れと思う。
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